『カラマーゾフの兄弟』
高校の時に読んで、挫折。ロシアの作家は趣味に合わんと、ずっと思っていた。SFジャンルでもロシアの作家はいるが、ストルガツキーとか、この辺は良く読んでいるのだが、体制批判が多く、う~む、諷刺ジャンルでもあるが、なんとなく敬遠気味ではあった。
今回、再チャレンジ、読む方が年をとれば、それなりに嗜好は変わる。あまり先入観なしで挑戦するが、それでも第一部は辛かった。第二部になると、俄然おもしろくなる。なんなんだ、これはというおもしろさを感じる。
そうか、少なくとも第二部まで読んでおけば、もしかしたら嗜好も変わっていたかもしれない。確かに「大審問官」ここまで到達できるかできないかでしょう。
重厚長大、それは途中までたどりついて、おもしろさを理解できる場合が多い。そういう作品はある。どんな分野にでも。
しかし、続編の可能性があったとは思えないほどなのだが。
ここからは、多少の勝手なイメージである。ドストエフスキー論など、ほとんど読んでいませんし、他の作品もほとんど読んでいません。
第一部で、カラマーゾフ家の全体像を、第二部で個々の状況、心象を、第三部で行動を、第四部で、その総括をという構成パターンのように思われる。
確かに近代小説としての先駆的な役割は巨大であるし、唖然とさせられたことであろうと思う。
緊密な描写と計算された構成は、唸らされるばかりだ。
続編の可能性について、勝手に思えば、作者側からの語りなおし、登場人物の動き、心象の語りなおしが行われたならば、まさに思考の壮大な実験場であったように思う。
自分の言葉、登場人物を作者の代弁者とみなさなず、個々に生きている人物として描いたとするならば、そこに作者の意匠がありえるべきであると思われるし、ならば、再度、語りなおされるものでもあるとは思うのだが。
う~む、こんなにおもしろかったのね。ミステリとして、読もうとは思わないけども。











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