日記・コラム・つぶやき

2007年10月10日 (水)

尊敬

最近、良く思うのだが、確かに年寄りの社会にはなっているのは間違いない。が、品格という言葉は使いたくないが、品位がないとしか言いようのない方がたまにいる。当然、そうでない方もいるのだけど。

だからさ、若い連中をどうのこうの言う前にね、道いっぱいに広がってしゃべりながら歩くとか、電車のドアの前でがんばるとか、酒飲んでいるときにバカでかい声で自慢するとか、いかにも年寄りを大事にしろという態度とか、少しでいいんだけど、ほんの少し、譲り合いの心があってもあってもいいよね。

尊敬しなければならないとか、言うことをきかなければならないとかを言われるのもねえ。

ひとは聞く、耳を傾ける、心を傾けるのは、それ相応のことがなければ、なかなかそういう気持ちにはならないと思う。ひとを押しのけて、わたしは年長者だから当然よという態度を取られたら、そんな気持ちにはならないよね。

おれの若いときは、とか、こんな時は、おれはどうしたとか、ちょっと待ってね。単に自分の心の赴くところ、自己満足のための言葉では、ひとは動かないということを理解してほしい。

若い連中は、だめだというけども、あなたがたも若いときは同じように思われていたに違いない。絶対数が増えつつあるなかでは、よほど注意しないと尊敬はされませんぜと感じますねえ。

存在するだけで、尊厳をもって扱われる時代でもなくなっているのは哀しいことかもしれないけれど、歩みよりがない限り、対話もなりたたない。

わたしも中年を既に過ぎようとしている。注意しすぎるくらいが充分であろう。

2007年10月 3日 (水)

ファンダム

10月末に、久々にコンベンションをやろうかとなった。実務はまったく何も、わたしはしていないので、誠にもうしわけなく思っているのだけど。

ファンダム、SFファンダムっていうものだが、かって1980年代はじめ、東京SFクラブに所属して、会長までやったわけだけど、そう「おたく」などという呼び方はまだすくなく、「マニア」という表現であった。

渋谷の道玄坂を登ったところにある喫茶店「ニュープリンス」で毎週、土曜日の夜、会合をやっていた。仙台SFクラブとの連係もあったが、一時期会員数は最大50名くらいまでいったはず。

それなりのSFファンクラブだった。楽しかったし、何より出会った連中とは、なんだかんだで長く連絡を取り合えるのがうれしい。

20年振りのOBコンと名付けた宴会。50名くらいは来るらしい。

みんな、年齢は50前後になってしまたけど、また騒げるのはうれしい限りである。

SFから足を洗ったひともいるだろうけど、まだ、わたしは少しは情熱を持っているらしい。

最近の読書傾向はあらぬ方向にむかっているけれど。

2007年10月 1日 (月)

心機一転

会社の決算5期めが終った。細かい伝票処理はこれからだけど、売上チェックも、まだまだだけど。

当初、目指していた黒字にはなれそう。しかし、胸をはれる状況ではない。

苛烈な状態は変わらず。これからが、本当の勝負になる。

ライフサイクル的に考えると、スタートアップ期を乗り越えただけ。これから、成長期にはいれるかどうかの境目である。更に急成長期になれるかどうか。

会社を立ち上げて三年めをすぎて、一人前くらいかねとは、よく言われるが、ようやく会社と認知されるというレベルに過ぎず、一人前とは誰も思わない。五年過ぎて、少しは思われるかもしれない。

年商いくらとかあるけど、それは売上に過ぎず、利益をなんぼ稼ぐかが、本来の会社の中身だろう。

厳しいすよ。

100社あるとすると、立ち上げ一年めで半分つぶれ、三年めに生き残るのは30%、しかも一年めの業容、業態を変化させているものは、そのうちの半分。さらに10年めまで生き残れるかは、10%くらい。

いばらの旅路と言ってしまえば、それまでだけど、頭使って、気を使わないと、それでも油断大敵である。

緑の芝生は一朝一夕には、つくれないということなのだろう。

がんばるっきゃないって。

2007年9月30日 (日)

飲まないとだめなのね

どうも、酒が抜けない。

平日は毎日、何かしら飲んでいるのだが、できるかぎり土日は抜くようにしている。

地元で、ずっと飲まないということを決めていたのだけど、会社興してからは、孤独感に苛まされるようになって、ついつい飲むようになってしまった。

今は、地元のスナックで、飲んでいる。某所某所で行くとこは作ってあるのだけど、某所駅前の焼鳥屋プラス焼きとん屋で、ちょっこと飲んで、スナックに行く。

安いとこなんだけど、なんせ、ここのママ、悪いひとではないが口が悪い。けど、客層も悪くないし、居心地は悪くない。

いつしか定着してしまった。一度、常連になると、他の店の新機開拓などしたくなくなってしまう。昔はね、突撃~などと、のたまいながら、新規に飛び込んでいったが、今はその元気もなし。とか言っておきながら、酔っぱらうとそうでもないんだよね。

しかし、先日、わたしは帰りたかったんだけど、日本舞踊のお師匠さんに捕まって、もう少し飲もうと言われたあげく午前様。ワン・コイン・バーってやつでさあ、遅くなると、どこやらのキャバクラ嬢か、何嬢かわからないが客の待ち合わせ場所になっているようでもある。

妙な取り合わせだなと思うと、だいたいそんなもんだ。うらやましいとは思わないようにしておりますって。

何を話したのか、ろくに覚えていない。最近、酔うと記憶に残らない。

これも困ったもんだ。酒ではなく、記憶力の減退か。そっちの方が問題だなあ。

2007年9月29日 (土)

超人的な、あまりに超人的な

今日は雨である。もそもそ、会社まで行こうと家を出る。

じとじと降る雨で、うっとうしいなと思う。駅までの道、なぜか傘をささないひとたちが。

体操服姿の小学生の女の子、買い物途中のおばさん、犬を散歩させている制服姿の女子中学生らしき子、みんな傘をさしていない。

いきなりのシュールな光景。吾妻ひでお的な光景に固まる。

う~む、なぜ傘をささないのだろう。

行き交うひと、半分くらいは傘をさしていなかった。実にシュールだ。

………

たまに、超人的(シュールレアリスム)な思考を持つひとに会うことがある。どうして、こう考えるのと理解を超越する。言ってはなんだが、わりと、わたしよりひと世代、上の方に多い。

どうも、その世代、団塊の世代と呼ぶらしいのだが、会社でも常に上司として君臨されていた方々だが、たまに、このひとは何?と思う方がいる。

立ち飲屋、わたしはよくひとりで行くのだが、おとなしめに見えるのか、わりとからまれる。

「会社って大変なんだよ。おまえらみたいな若造にね、理解できるか」

極端な場合、こんなおっさんがいる。それともなければ、

「ぼくは、総務部長をやっていてね、退職後にも、いろいろな会社から引く手あまただったんだ。だけど、全部断ったんだ。だけど、ぼちぼち何かやろうと思っているんだよね。このぼくが会社を造れば、成功間違いなしだよ。うはははは」

わたしらは、はざまの世代と言われているらしいが、その中にも変なのはいるが、どういうわけか、団塊の方々とは、わたしの場合、超越された方と会ってしまう確率が高いらしい。

哀しいことだ。

2007年9月27日 (木)

気持ち悪い

また、卵であたった。きのう朝、卵かけごはんで食べたんだよね。

期限ぎりぎりの卵。大丈夫だろうと思ったが。やっぱだめだったとはいえ、去年のひどさから言えば、実に軽かったのが救い。去年のは、食中毒だったもんね。自分の不注意なんだけどさ。

うーむ、体質的にやばいのか。好きなんだよね。卵料理。中でも卵かけごはんは好き。

それとオムライス。

浜田雅功と槇原敬之の曲に「チキンライス」というのがあるけど、まさにわたしもあの世界だった。

オムライスはぜいたくだったんだよねいまから、もう40年前だけど、まだまだ貧しかったのかね。

実家が蒟蒻屋で(もう廃業して15年たつか)、じいちゃんが東京に出てきて昭和2年に開業。で、隣の店舗を貸すことになって、何がいいとなると、鍋物には蒟蒻、だったら鶏肉屋がいいということになった。

子どものころ、隣の店は裏で鳥をしめていた。

それと、すき焼きというと、うちは鳥肉のもつ煮込みであった。牛肉のすき焼きを食べるようになったのは、成人してからに近い。子どもの時は、鶏肉と豚肉ばっかだった。ハムもぜいたく品だったんだよね。

蒟蒻屋だから、卸もやっていたので、八百屋、豆腐屋、肉屋、乾物屋に配達した。

売り残りやなんか貰ってくるのも楽しみのひとつだった。

そうなんだよね。卵だけは、お隣から買ったり、貰えたりしていたんだ。一個10円とか15円だった。

ご近所つきあいもある『オールウェイズ 三丁目の夕日』の世界やったねえ。

2007年9月22日 (土)

それを、ひとは…

「きみのやったことは、懲戒対象ではないかと思うんだよね」

「はあ、もうしわけありません」

「あやまっても遅いかもしれない」

「どうすれば、よろしいのでしょうか」

「そうね。この問題に関しては、ぼくの力でなんとかなるから心配しなくてもいいんだけどね」

「ありがとうございます」

「でもね、まあ、ちょっとは、ぼくのために協力してくれればいいんだけど」

「はい?」

「きみ、懲戒対象だよ。懲戒対象。いいのかい、未来のあるきみが懲戒対象、出世も遅れるかもしれない。いや、もっと大変な事態になるかもしれない」

「しかしですね。この程度のことは、前の部長もかまわないと言われてましたけど」

「きみ、今の部長は誰なのかね。今の上司は誰なのかね」

「はあ、まあ、そうですけど」

「きみは素直だと思うんだよね。優秀な人材であると思える。が、出世が遅れる。実に、実に、不幸だ」

「…だから、なんです」

「そう協力体制だよ。協力。きみにお願いしたいのは、課長の動向を教えてほしいのだよ。極秘にね」

「は?」

「だから、食事は何を食べたとか、夜はどこで飲んでいるとか」

「そ、それはスパイをしろということですか」

「きみねえ、言葉を選びなさい。情報収集というんだよ」

「いや、しかしですねえ」

「きみ、懲戒対象ですよ。懲戒対象」

「やってられるか。このくそ野郎!!と、言ってみたい」と、誰かがつぶやいた。

2007年9月21日 (金)

営業って

根性論がまかりとおる世界でもある。

出身会社が、商社だったので、ええ、ノルマがきつい世界でしたね。年間計画、半期計画、三ヶ月計画で、必ず前年同期比アップを要望されていた。新規開拓をすれば、済むじゃんと思うのであるが、それがうまくはいかない。

従来の顧客先のシェアも確保していかなければならず、それに価格交渉で半年に一回は値下げ要望が必ずくる。その価格を維持するための努力、交渉。場合によっちゃ値上げ交渉もある。

ライバルも多いので、下手すりゃ他社にもっていかれる。

それで、なおかつ新規開発もせにゃならずというのは、辛いものがあった。まあ、一匹狼的な上司が圧倒的多数だったので、個性で売れる妙な部分も感じさせてくれた。

根性論だけでは売れる分野ではなかったので、まだ救いはあったが、システマティックとはいかない体質があった。開発部構想を提案したが、ノルマ主義に基づくため、そんな金食い虫は不要ということを言われた。

それでも良いところもいっぱいあったし、何より一応、通用する営業マンになれたことは確か。

しかし、いくつかの会社を渡り歩いたが、いまだに根性論を展開する会社には、本当に唖然とする。

それで、売れれば苦労はないんだよね。

2007年9月19日 (水)

戦略って何

きのうのごたごたで、くたびれて、ぼ~と朝のニュースを見てると、某会社の人材採用の話しが出ていた。

二十代、三十代の比率が極端に低いらしくて、特に三十代の優秀な人材がほしいということなのだが、結局、バブル崩壊後、ひとを取らなかったということが、大きく、今、影響している。

しかし、ね、いまさら欲しいって言っても遅いんじゃないでしょうか。

企業風土から考えると、いまさら三十代で優秀なひとが来てもだよ、優秀なひとほど独自のカラーを持っている可能性が高いと思う。マッチングの感覚からいうと、刹那的な人材採用をするということは戦略的なものが欠けている可能性がないでもない。

となると、その企業風土になじめるかが最大の問題になるが、どうもそういう観点がなそうだ。

人材紹介とか、ヘッドハンティングに任せればと考えているようだけど、そんなお金をいまさら使うなら、当時、無理してでも採用すべきではなかったのか。

リストラすればいいというわけではないと思うのだが…

どうも、ある年齢の上の方々は戦術レベルで勝利をおさめつづければ、いずれは戦略レベルになると考えるひとが多いように思われる。ひとに対しても同じ。

欲しいと思えば、なんとかなると思っているみたいに感じる。

でもね、そうではないんだよね。戦略ありきが最初ではないかとも思うのだが。

一番、難しいのが、ひとなのだから。

そこにこそ、企業の本来の戦略が必要なのではないか。

マーケット等、外部要因で揺れ動くものを分析し、攻勢をかけるのは難しい。

けど、採用に関しては、計画的に行えるはずである。ましてや、教育、育成に関してもである。

失われた時は戻らない。けど失敗から学ぶ姿勢が必要であろうと思う。

だけどさ、優秀な人材って、どんなひとなの。とってもわからない。

優秀になっているのではなくて、優秀になるんだろうと思うのだが。

2007年7月 7日 (土)

いろいろありすぎ

6月中旬から、いろいろありすぎて、日々、何か決めなくちゃいけなくて、神経が休まらない。だからさ、酒の量が増えている。というのは言い訳か。

土日はあまり飲まないようにしているから、身体の方も保っているようだ。まあ、がんばらねば。

2005年7月23日 (土)

とりあえず、いろいろとやってみましょうか。

慣れないことは、つい控えてしまうけど、とりあえずはやってみてから考えましょう。

ということで、はじめてみました。よろしく。

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